2018年7月18日水曜日

武相国境道、その5, 別所の石棒と公田のアラハバキ

武相国境道シリーズ。第一弾は草戸峠から町田駅まで。第二弾は寄り道シリーズで武蔵国の南多摩郡と都筑郡の郡境尾根道(西側)に沿って展開する産鉄地名、第三弾も寄り道シリーズで鎌倉街道沿いの産鉄地名、第四弾も寄り道シリーズで鶴見川水系に沿って展開する産鉄地名を巡りました。

前回の記事でも説明しましたが、産鉄地名は、武相国境、郡境、古道沿いというよりは、(ある意味)"ただ単に"鶴見川水系沿いに展開しているということが分かりましたので、今回はそういった寄り道はせず武相国境を行きます。



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今回は武相国境道と大山道との接続点からスタートです。東名を潜り、旧上瀬谷通信施設エリアに入ろうとしたのですが、当初予定していた所はロープが張られており入れず、予備として考えていた他2箇所も入れずで大きく迂回、ようやく、エリアに入れましたと思ったら、ここ、想像を超えるだだっ広さ!、何も無さ!!、で、こんな所、東京のすぐ隣にまだあったのか!!!、と、本当にビックリしました。

50mmレンズでは広大さが今一つ伝わってないですね。。。

上瀬谷通信施設から瀬谷市民の森に入り往時のままの姿を残す武相国境道を楽しみ、

美しいです。


街に出、三ツ境を過ぎ、ズンズンと漕いでいきます。にしても尾根走りは気持ちが良いです。思っていたよりも早く万騎ヶ原のこども自然公園に着きました。ここにも往時のままの姿を残す武相国境道があります。

似たようなアングルになってしまいましたが

武相境道の説明版

が、ゴルフ場で道は遮断されています。大きく迂回し、横浜新道を越え、境木に到着です。ここは気持ち良いですね。尾根だから見晴らしも良いしモニュメントもあり非常にキレイにされていて。

きれいな所でした。

江戸期東海道の権太坂には行かず、その少し先を右に折れ南下します。現在の国道1号線を過ぎ、あっと言う間に別所に到着です。で、ここが今回のハイライトでした。

別所の古地図。北の道で別所に入り、南の道で武相国境道に復帰しました。南の道は鎌倉街道下の道です。

寄り道して良かった。

写真は拝殿の脇にある石碑等が寄せられたところなんですが、右から二番目に注目してください。石棒が祭られています。

別所という地名、鎌倉街道を境に隣町が最(塞)戸、そこに白山神社、と、揃いに揃っています。で、石棒でした。

更に、その先の鍛冶ヶ谷には、アラハバキ神がご鎮座です。

こちらは丸石でしょうか。にしても雰囲気あり過ぎです。

と、鉄分の多い旅でした。

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