2018年11月11日日曜日

小野路道、その2, 白山神社を通る最も古いルート

前回の小野路道のその2です。

小野路の"路"も道の意味だから、"路", "道"と重なってる不思議な古道名です。小野路に行く道だから小野路道なんですが、小野路という町が小野(小野郷、今の府中小野神社、多摩小野神社がある辺りか?!)に行く道にあるから小野路なのでしょう。確かに、小野路は鎌倉街道上道や東海道が通っていて府中に向かっています。

既述の通り、小野路道は小野路に行く道なんですが、ではどこから小野路に行く道なのかと言えば、八王子横山です。では何故、八王子横山から小野路に行く必要があったのか、それについては前回一応の見解を記載しています。

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さて、復習も終わったところで、今回のExplorerのご報告です。この地図にあるように、小野路道は幾つかのルートが考えられます。



始まりと終わりは同じなんですが、浅川と大栗川の間の尾根をどう越えるかで分かれます。本道は濃い紫と思われます。その後は長沼公園を抜ける黒線、明治13年の古地図では両実線と県道クラスの道でした。その後は薄紫、明治44年頃の地図ではこっちの方が県道クラスとなっています。

で、今回は藍線を行きました。沿道に白山神社があり、最も古い道だと思われる道です。

この白山神社は、平安時代に比叡山西搭の僧、あの武蔵坊弁慶の血縁であった弁智が法華経を奉納した関東七社の一社であると伝えられています。文政九年(1826)春、社殿裏の塚より法華経十巻が発見され、その経巻の奥書に、"大歳甲戌、仁平四年(1154)九月時許於 武蔵国西郡船木田御庄内長隆寺 西谷書字了勧進僧弁智血縁者僧忠尊"とあり、村人の伝承が裏付けられました。

八王子中山白山神社
経巻の奥書のあった長隆寺の礎石

さて、今回のハイライトはこの道を見つけたことでした。

明治13年の古地図に小径(徒歩)として描かれている道、平安時代に遡れるかも

Webでいっくら探しても出てなかったので諦めてたんですが、現場で見つけました。これが古道Explorerの楽しみの1つです。

青マーカが白山神社、そこから南東に行く点線が今回発見した古道です。

ではまた

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