さて、今回は、都筑郡衙〜武蔵国衙間官道である。
いつものように、スタート地点とゴール地点を直線で結び、古道を探す。
が、芳しいのが無いな。
強いて言えば神奈川県道13号かな?!でも、これ川沿いの低地でつまんなそう。
調べてみよう!
そのものズバリは勿論無いんだけど、大先生の記事がありました。
東京西部の古道マニアにはスッカリお馴染みの稲城南山の鎌倉街道。武蔵国衙、この稲城南山の鎌倉街道、都筑郡衙、久良木郡衙が見事なまでの直線で結ばれてるそう。
これを頼りに再び迅速地図と格闘すると、、、出ました。って言うか、これ、鎌倉街道そのもの?!
どうも、官道を活用して鎌倉街道になったらしく、これで合ってるみたいです。
さて、この道は何度か行ってるけど、、、歴史深い所だからもう一回行ってみるか!と、いうことで、ルート決定です!
今回は距離ありそうなんで、鎌倉街道 中道 本道で二子玉まで行って、多摩サイで是政までスーっと行って都筑郡衙まで下って行こうと思います。
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是政橋から大丸の追分へ。ここは、前回の橘樹郡衙〜武蔵国衙間官道と都筑郡衙〜武蔵国衙間官道との追分でもあります。
いきなりこの道雰囲気良し!
道沿いに用水路があってかつてはここで洗い物なんかしてたんでしょうね。 |
ここから多摩丘陵のエッジ沿いに南東へ。程無く、大麻止乃豆乃天神社があります。
オオマトノツノ テンジンシャ と、読む。 |
この神社は謎が多い!なんてったって祭神がハッキリしてない!そんな神社あるか?!
一応、櫛真智命が祭神ということになってはいるが、
- この神社の名前は大麻止乃豆乃天神社(オオマトノツノ天神社)
- さて、奈良に天香山神社があり、その祭神、櫛真知命のことを、延喜式で、『元名 大麻等乃知神』と言っている。
- 大麻止乃豆乃天神社の祭神がはっきりしない状況
- 櫛真知命のことを、延喜式で、『元名 大麻等乃知神』と言っているじゃん
- じゃあ、大麻止乃豆乃天神社の祭神も櫛真知命なのでは?
と、いうことらしいです。
でも、『天神』だからな。『天神』って言うと菅原道真だけど、『天神』とついたからといって必ずしも天満宮ではない。
式内社で言うと、
- 穴澤天神社(稲城)、少彦名命 ※菅公は江戸時代に追加
- 布多天神社、少彦名命 ※菅公は室町時代に追加
- 阿豆佐味天神社(瑞穂町)、少彦名命
あれ?! 全部、少彦名命だ。
が、少彦名命自体、謎の神だ。益々、謎が大きくなっただけだった。。。
でもこの神社、式内論社です。もしホントに式内社だったら、少なくとも927年には存在していて、しかも、ソコソコ大きかったということになります。
式内論社の話をすると、ここ稲城には論社が3つもある!!!
- 大麻止乃豆乃天神社
- 穴澤天神社
- 青渭神社
しかも、この3論社の対抗はというとこうなる。
奥多摩 vs. 多摩ですね。でも多摩川で繋がってる。地名の共通性とか無いのかな。宿題(暇つぶしネタ)出来ました。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
進みます。
これまた謎多き、妙見寺です。
どういうことかというと、正真正銘の神仏混淆がきちんと残ってるお寺さんなんです。
760年、一宮(妙見宮)を建立したのが開基で、1112年に妙見寺をその宮の別当としたのが開祖。北辰妙見尊はこの寺の奥の院の位置づけ。奥の院本尊は北辰妙見尊、寺の本尊は阿弥陀如来。
ここ妙見宮の裏からも行けるんですが、ここは東京西部MTBerのお手軽トレイル、稲城南山で、そのトレイルの1つが、今回の官道、後の鎌倉街道でもあります。
が、この日は生憎の数日間降り続いた雨上がりの日。山はぬかるんで、とても奥深くまで行く気にはなれませんでした。
入り口付近の鎌倉街道遺構のみ、撮影。
ぬかるみも理由ですが、ここ南山は今開発の真っ最中。更にその先はゴルフ場ですから、いずれにせよ行けないんですね。だからランド坂まで大きく迂回。ちなみにこの道も古道。で、一山超えてゴルフ場の向こう側に出ました。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
この先はただの新興住宅地で、正直写真を撮る気にならないです。冬なら霊峰大山と富士が良く見えるんですが、雨上がりの今日は無理。住宅街の端でようやく写真を撮る気になる風景が。
この後は横浜上麻生道路で市ヶ尾にあっという間に到着です。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
何度も行った道でしたが、稲城は歴史、謎深く、面白いですね。南山の開発が残念ですが。おっこし山も癒されます。
PS.
帰りは矢倉沢往還で帰りましたが、相変わらずこの道は多摩丘陵をいやというほど体験させてくれますね。うちに着いてLogで獲得標高確認したら808mもありましたよ。
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進みます。
これまた謎多き、妙見寺です。
妙見寺、この山に囲まれた感じ、雰囲気がたまらない。 |
鳥居はあるがこれも妙見寺の一部、北辰妙見尊 |
どういうことかというと、正真正銘の神仏混淆がきちんと残ってるお寺さんなんです。
760年、一宮(妙見宮)を建立したのが開基で、1112年に妙見寺をその宮の別当としたのが開祖。北辰妙見尊はこの寺の奥の院の位置づけ。奥の院本尊は北辰妙見尊、寺の本尊は阿弥陀如来。
ここ妙見宮の裏からも行けるんですが、ここは東京西部MTBerのお手軽トレイル、稲城南山で、そのトレイルの1つが、今回の官道、後の鎌倉街道でもあります。
が、この日は生憎の数日間降り続いた雨上がりの日。山はぬかるんで、とても奥深くまで行く気にはなれませんでした。
入り口付近の鎌倉街道遺構のみ、撮影。
分かるかな??? 写真中央横に帯のように土塁っぽいのが。その土塁とチャリが置いてある道の間の掘割、あるいは土塁の向こうが鎌倉街道遺構と私は思ってます。 |
ぬかるみも理由ですが、ここ南山は今開発の真っ最中。更にその先はゴルフ場ですから、いずれにせよ行けないんですね。だからランド坂まで大きく迂回。ちなみにこの道も古道。で、一山超えてゴルフ場の向こう側に出ました。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
この先はただの新興住宅地で、正直写真を撮る気にならないです。冬なら霊峰大山と富士が良く見えるんですが、雨上がりの今日は無理。住宅街の端でようやく写真を撮る気になる風景が。
おっこし山に残る幅一間の尾根道。律令時代の官人も、頼朝も義経も義貞も尊氏も氏照も家康も通った道。 両脇の金網が無粋だが仕方が無い。だって両脇は急峻な崖。 |
この後は横浜上麻生道路で市ヶ尾にあっという間に到着です。
都築郡衙 |
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何度も行った道でしたが、稲城は歴史、謎深く、面白いですね。南山の開発が残念ですが。おっこし山も癒されます。
PS.
帰りは矢倉沢往還で帰りましたが、相変わらずこの道は多摩丘陵をいやというほど体験させてくれますね。うちに着いてLogで獲得標高確認したら808mもありましたよ。
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